バーチャルリアリティ (VR) 体験において、ユーザーが仮想空間内のアバターを自己の身体として感じる身体性 (Sense of Embodiment)は、学習効果や作業効率を高める重要な要素である。しかし、その評価は主にアンケート等の主観報告に依存しており、客観性の欠如やタスク中のリアルタイム計測が困難であることが課題となっていた。
そこで本研究では、身体性を操作する手法として「運動遅延」に着目し、遅延により身体性を低下させた際の視線行動の変化を定量的に調査することで、視線データが客観指標となり得るかを検証した。
実験による検証として、以下の3つの観点から解析を実施した。
・運動遅延による操作: 自身の手の動きに対し0ms、250ms、500msの遅延を付与し、視覚と感覚の不整合により段階的に身体性を変化させる実験環境を構築した。
・時系列データの分析: 1回の動作プロセスを5つの時間窓に分割し、瞳孔径や視線速度の推移を詳細に解析することで、動作中のどの段階で遅延の影響が生じるかを特定した。
・機械学習による識別: 取得した視線特徴量を入力とした機械学習モデルにより遅延条件の分類を行い、視線データのみを用いて身体性の状態を推定できる可能性を評価した。
実験の結果、遅延時間の増加に伴い主観的な身体性は有意に低下した。視線行動においては、動作初期の視線速度が遅延条件で有意に増大することが確認された。これは、アバターの動きの予測誤差を修正するための探索的な視線移動が反映されたものと考えられる。また、機械学習による識別実験ではチャンスレベルを上回る精度が得られた。
本研究により、身体性の低下が特定の視線行動の変化として表出することが示され、視線データが客観評価の指標となる可能性が示唆された。今後は特徴量の選定やモデルの改良を進め、より高精度な身体性推定技術の確立を目指す。


